●時事問題のための宗教②
2012年 02月 02日
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さて、今回は世界の宗教と日本の宗教観について私の勝手な意見や想いを書いてみます。
まず、宗教に関して「世界の信者人口」という資料があります。それによると、信者数ランキングは以下の通りになります。
内訳≪①カトリック 約11億5000万人 ②プロテスタント 約4億2000人 ③東方正教会 約2億7000万人 ④その他 約4億4000万人)
内訳≪スンニ派、シーア派などがあるが正確な信者数は不明≫
その他の宗教 16%
人種や民族、文化圏の枠を超え広範な人々に広まっているという意味から世界三大宗教と言えば、
キリスト教 イスラム教 仏教となり、
また、特定の地域や民族がその信仰者の大部分を占めるような民族宗教となるのが、
ヒンドゥー教(インド) ユダヤ教(ユダヤ民族) 神道(日本)となる。
日本は世界的にみると特別な国で、海外から見ると仏教国家に分類されているのに、神道という民族宗教が生活習慣に神道が根付いている。また、その他個々人で自由な信仰をもつことが保障されていてとても宗教色豊かな国のように感じるが、
日本人の多くが、「あなたの宗教は?」と尋ねられると、
「無宗教です。」と返答する。(昨日、Y先生にも尋ねてみましたがやはり同じ回答でした!)
そのため外国の人たちを困らせてしまいます。それでもクリスマスには全国的に盛り上がりを見せ、お正月には神社やお寺に新年のあいさつをしにお参りをし、お盆にはご先祖様のお墓参りにお寺に行くという人がかなりいる国です。
人生の行事で見ると、みなさんがかわいい赤ちゃんとして生まれると神社でお宮参りをし、七五三でも神社にいきます。みなさんのご両親の中でキリスト式の教会で結婚をされた方もいることでしょう。お坊さんの読経が聞こえてくるお葬式に参列した経験のある人もいることでしょう。
こんなにさまざまな宗教にお世話になっているのに、「無宗教」という答えをするのはどうしてでしょうか?
世界で起こる時事問題を考える上で、宗教の違いで国同士が戦争をしたりすることがどうもしっくりこないのは日本人が無宗教だから理解できないのか?
ひょっとすると21世紀の平和の使者となれる大国はこの無宗教国家の日本なのか?
おそらく日本人は人類史上最高の宗教的価値観に到達しているのかもしれません。無宗教というのは他の宗教を信じないのではなく、特定の宗教にこだわらない、様々な神様を寛容に受け入れることできる心の広さをもっているのではないでしょうか。
その時代その時代の国の政治権力者によって宗教は保護されたい、迫害されている時代はありましたが、根っから日本には神仏のような超自然的なものに対しては等しく畏敬の念をもつ感覚が長い月日の中で練りこまれている。
日本人として日本の中にあろうが、外国の地で訪れようが、その土地の人々が信仰している施設などを貶めたり汚したりすることはしません。仮に個人的な信仰があってもです。他者の信仰するものや考え方は大切にしてあげたいという気持ちが強いように感じます。
こういう独特な宗教観のために、意識しながら信仰する外国の宗教とは違い、生活、習慣、文化のような無意識の中に織り込まれているために意識すらしないレベルに達している。これは国境が海で仕切られているため言葉の違う国の人々日々争いをする必要がなかったからかもしれません。
キリスト教圏の欧米諸国とイスラム教圏の中東や北部アフリカ諸国などで起こるさまざまな問題。
独自色の強い正教のロシア、経済発展で突っ走るヒンズー教のインド、共産党が神様級の中国など一番偉い神様がズバーンとある国々同士が競い合って、それぞれの国が目指す「平和」のために「戦争」が起きています。
こういう時代になればなるほど、日本のような価値観を持った国に期待されることは増えてきます。実は、今でも日本は世界中の多くの国からは好かれ、尊敬されています。どうも「日本を嫌いだ!」という極端な意見を誇張するデータばかりを流すメディアのせいで私たちは誤解しているようですが、国全体の人が日本に対して嫌悪感を持っている国は限りなくゼロに近いというほうが正確なデータだと思います。日本が嫌いと心から思っている国の人たちはもちろん日本に住んだりしないでしょうし、日本の品物を買ったり、情報すら聞きたくもないでしょう。
日本の独特な宗教観のおかげで宗教のことを気にしないで住める日本という国を気に入ってくれる外国からの訪問者はますます増えているのです。こういう国だから今後多くの外国の方たちを魅了する可能性を秘めていると私は考えています。
経済だけ仲良く、文化交流だけしましょう、などOOだけの付き合いというのは実は難しく、人と人がそこに介在するものはすべてお互いの人間性がもっとも重要になります。
日本の無宗教の「無」というのは何物にもとらわれない“無の境地”のことだと言うお坊さんの話を聞いたときストーンと腑に落ちたことを覚えています。
次回は、また時事問題ネタから宗教を見てみましょう。
# by n-susan | 2012-02-02 02:02 | きょういくのこと | Trackback | Comments(0)






